

まっしろな世界、たとえようのない浮遊感。パウダースノーの魅力は計り知れない。20代のころスノーボードからテレマークスキーに転向し、レースの世界で技術を磨いた高梨穣は、やがてワールドカップや世界選手権に出場。けれどもレースの世界で彼の欲求が満たされることはなかった。道具の進化とともに自然とより大きくて急な斜面での滑りを求め、北米、南米、ヨーロッパ、北欧、多くの国を旅しトレースを刻んできた。レースで養ったスピードと、恵まれた体格から生み出されるダイナミックで優雅な滑りは、それまでのテレマークスキーのイメージを払拭した。そして世界のさまざまな場所を訪れる度に、ホームマウンテンであるニセコの魅力を強く感じるようになっていった。いまや世界中の滑り手がこぞって訪れるニセコ。そのパウダースノーの中心地であるニセコヒラフに居を構え、自らを虜にした雪と山の魅力を伝えつづけている。
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「ペップ」ことブレイデン・ファスのスキーは、彼の人生全般に対する探求的アプローチを多方面で反映している。アルパイン、バックカントリー、サイドカントリー、パーク、パイプ、モーグル、グルームすべてがペップの格好の遊び場だ。彼の広範囲にわたるアプローチは、X Gamesでの競技や20以上の映画出演、そしてスキーを通して他の文化を探求するために世界を旅することへとつながった。けれども、力まずアグレッシブで流動的かつ遊び心に満ちた彼のユニークなライディング・スタイルを最も達成しやすい場所はバックカントリーだとペップは話す。
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どんなテレインでもへっちゃらのカイはスキーの登山の側面が特にお気に入り。彼は世界中を旅して僻地に乗り出し、ユニークなビッグマウンテンのラインと崖を滑ってきた。カイは2009年のRedbull Coldrushと2012年のFWT Revelstokeで一位を獲得し、少なくとも15本のスキー映画に出演。一番最近では〈Sherpas Cinema〉制作の『All.I.Can』でその姿を見ることができる。
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ソルトレイクシティで生まれ育ったカーストンは、はじめてのスキーで子供用スロープを直滑降して以来やみつきになった。ワサッチ山脈の崖は「人間運動学と重力物理学の分野」の包括的な教育を提供したとカーストンは話す。フリーライド界きっての万能スキーヤーのひとりであり、現在〈Sweetgrass Productions〉の新作フィルムを制作中。
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エイダンにとってスキーとは楽しさ、動き、そしてバランスである。ジムナスティックな要素を取り入れる大胆なアプローチを使うコロラド出身の若きスキーヤーはスロープスタイルやビッグエア競技で優勝を飾り、さらに〈Sweetgrass Productions〉とともに映画撮影のために南米や日本を訪問。「雪の上を滑りまわるほど最高なことはほかにないね」
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スキー/アウトドア業界の情熱的でクリエイティブなトレンドセッターであるキャロラインのスキー姿は数々の雑誌の表紙や広告、ビルボードを飾っている。ミネソタ出身で、現在はユタ州ソルトレイクシティを拠点に地方および全国の各種非営利団体とともに環境保護活動に力を入れ、また雪崩訓練を教えたり、ギアをデザインしたり、モデルをしたり、そしてもちろんスキーをしている。
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ニューヨークはハイパフォーマンスなスキーの街ではないが、子供時代のコロラド旅行が彼のスキー熱に火をつけた。まもなくして街を離れ、それ以来最も深いパウダーと最も急な斜面を探しながら嵐を追いつづけている。ステファンがデザインしたDPSスキーはパウダースキーのデザイン革新における重大な役割を果たした。雑誌の執筆依頼も多く、高い評価を受けた『The Powder Road』の著者兼ビデオ制作者でもある。
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ワイオミングの隆々たるバックカントリーをホームとしながらも、アラスカからアルゼンチン、そしてそのあいだの秘密の山々へと雪を求めて駆け回るトレバーは、漸進的なフリースキーに焦点を置く一方、スキーをデザインしたり、地図に載っていない未知の領域を探検しつづけている。また愛と喜びを広げて、ジャクソンホールで若いスキーヤーをコーチするなどより総体的なアプローチを取る彼は、「子供たちは、あらゆるレベルで刺激をくれる」と話す。
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ビッグマウンテン・フリースキーの世界チャンピオン、山スキーヤー、そして〈Save Our Snow〉の創設者であるアリソンは世界をより良くするために日々活動をつづけている。映画やテレビ出演をはじめ、雑誌に掲載されることも多く、さらに自身が運営する〈Rippin Chix Steeps〉のキャンプでクリフ・ジャンプを教えている。ロードトリップに出ていないときは、コロラドにあるホーリー・テラー農場で野菜と燃料を作っている。
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デービッドのスキーへの献身は8歳のときにはじまった。スキーが年に一度行うものではなく、時間があればいつでもできるスポーツだと気づいたのだ。何年にもわたり北米全土で滑ってきた彼は、より険しく大きなラインを求めてフランス、シャモニに移住。以来、アルプスだけではなくノルウェー、ペルー、ボリビア、そして南極などで滑っている。
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