

近年各地のリバーマウスからは、十分な雨が降ったあとに台風のうねりが到来したにも関わらず本来のブレイクにならない、という異変が報告されるようになった。川から十分な砂が供給されないためサンドバーが形成されないのだ。

メキシコオオカミは、ロッキー山脈に生息する彼らの北方生まれの従兄弟であるハイイロオオカミにくらべると、やや小型で赤毛です。このメキシコオオカミの回復への試みについては、これまで長い間ニューメキシコ州とアリゾナ州で困難に直面しています。この地域はロッキー山脈北部よりも岩の多い乾燥地帯のため生産性の低い土地であることに加えて、オオカミたちが社会環境論的にも快く受け入れられていないからです。

北海道南部に位置する、日本で唯一日本海と太平洋にまたがる八雲町。この町に太平洋に注ぎ、サケが上る遊楽部川(ユーラップ川)がある。私は30年以上にわたってこの川でサケやその流域に住む動物たちの撮影を手がけてきた。2009年が明けた冬真っ只中のあの日も、この川沿いを車で走りながら、オオワシとオジロワシが止まる木を調べていた。

沖縄本島北部「やんばる」(山原)。その亜熱帯の森の懐に深々と抱かれるように息づく珠玉の宝-奥間川をはじめて歩いた日のことを、私は一生忘れないでしょう。

八ッ場とはこの谷間の左岸を指す地名です。国が八ッ場ダムの構想を最初に発表したのは終戦後まもなくの1952年のことだったそうです。それから半世紀以上の歳月が流れるあいだ、利根川上流には次々と巨大ダムが完成していきました。つまり八ッ場ダムの建設目的はとうに失われてしまったのです。にもかかわらず、一度始まった公共事業はなかなか止まりません。国土交通省は、吾妻川のバイパス工事が終われば、この首都圏最後のダムの本体工事にとりかかる予定だといいます。けれどもダムを造るには、その前に沈む予定の鉄道や道路の代わりとなるライフラインを造らなければなりません。

近年、森と川と海とを一体として考えようという機運が高まってきている。何冊かの書籍も出版されており、森への関心がとくに高い。水源涵養機能をもつ森は土砂流出を防いで雨水を蓄え、さらには落ち葉由来の水生昆虫といった餌を魚たちに供給し、河口近くの海に生産に必要なミネラルを供給する。けれども伐採などで森が失われると川は濁り、水生昆虫も減少して、魚たちは見えなくなる。

本来、河川に生息するヤマメやイワナはその地域/水域で独自の進化を遂げている。それはその地の自然環境に適応した正常な進化の証であり、人工的に作られるものではない。しかしながら、まったく違う地方の異系群の同種を放ったり、ときにはヤマメの生息域にアマゴを入れたり、あるいはその逆をしてみたりという無秩序な放流が長年繰りかえされてきた。

移動性の野生動物にとって世界がどのように見えるのかを体感したいのなら、その動物と一緒に移動するのがいちばんである。昨年秋、私はサウスダコタ州出身の24歳の写真家ジョー・リースと組んで、かの有名な「プロングホーン街道」を歩いた。

鳥類学者のエドワード・ハウ・フォーブッシュは、1900年代のはじめに「アメリカシロヅルは絶滅の運命にある」と言い切り、それ以外の可能性はまったく示唆しなかった。

陸上で営まれる私たちの活動は、地球上でもっとも人間社会から離れた場所にさえ影響を及ぼします。海も例外ではありません。ハワイ諸島から北東へおよそ1,000海里に位置する海流の旋廻渦「北太平洋旋廻」では、私たち人間が及ぼしている影響の大きさをはっきりと目にすることができます。
船首から100メートルほどの水面に現れた灰色の巨大な盛りあがり…。モーター付きのパンガ船(小型ボート)を操縦するベテラン船長のフランシスコ・マイヨラルはスロットルを戻して減速し、そちらに向かってゆっくりと近づいていきます。シューッという音とともに潮が扇形に吹き出し、尾ビレでハート形のアーチを描きながらクジラが潜りはじめると、水が滝のようにきらきらとしたたり、まるで私たちを招くかのようです。

11月下旬の嵐がロッキー山脈を白く塗り変えたあと、私はカール・ラポルドが経営する生態系に配慮した模範牧場を訪れた。その広さ13,000エーカー。1882年創業のこの牧場は、人のまばらなモンタナの山沿いの、グレートプレインズがロッキー山脈の隆起に交わる幻想的な地帯にある。
青年期になった私は、それらすべてをあとにして華やかな大都会へと向かいました。カリフォルニアでネットワーク局の仕事に就き、そのあいだ妻のメレディスとパシフィック・クレストへの長期のバックパッキングに出かけたりしました。

「言葉よりも行動を」を信条としている私たちですが、その一方で、言葉の持つ力も重視しています。ストーリーを語ることで人びとに影響を与えることができ、さらに環境に関する優れた書き物は地域社会での問題を明確に、そして詳細に提示することができるからです。パタゴニアの環境エッセイは、それを証明するものであり、反映したものであり、さらには環境に対する怒りや抗議の声でもあります。ここでは、パタゴニアのスタッフや活動家、そして友人の言葉を通じて、解決の困難な現在進行中の原生地域保護活動をご紹介しています。