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渓流の未来を失わないために
津軽海峡から遡上した海からの使者、アメマス。北海道函館市付近の某河川 
写真: 佐藤 成史

渓流の未来を失わないために

by 佐藤 成史

毎年のように日本各地を釣り歩く生活を始めて、かれこれ20年になる。春の訪れとともに九州へ出かけ、徐々に北上して6月の終わりごろには北海道へ到達する。移ろう季節の変化を身体に感じながら渓流を歩きまわるおかげで、春の彩りを各地で満喫できるだけでなくいつも新鮮な気分を味わうことができる。その点では、フライフィッシングはフェノロジー(生物季節学)そのものだ。芽吹きの進行具合や水辺に咲く花を見れば、羽化する水生昆虫の予測をすることができる。逆に、深夜の自動販売機の灯りに集まる水生昆虫を見るだけで、その土地に咲いている花の様子を想像することができる。動植物の相互関係を知り、そこから得た知識を実際の釣りに反映させる、それがフライフィッシングの面白さであり醍醐味だと私は理解している。小さなエリアで見られる生き物の動きから連想される事象はやがて森や川、そして海との関係に発展していく。各地の漁業関係者が山に植林をするなど山林を確保して海を守ろうとする動きが出て久しい。森は海の栄養源であり、水の流れは生命の循環を支える動脈のような役割をしているからだ。最終的に気づくのは、すべてが循環しているということなのだが、その仕組みの合理性と意外性にはいつも驚かされる。たかが釣りとはいえ、フライフィッシングに関わっているといろいろな生命の生き様が、いやがうえにも視界に入ってくる。ときには憂鬱な気分にさせられることもあるが、目を背けることなく、事実を真摯に受け止めていきたい。

かつて私は『瀬戸際の渓魚(さかな)たち』(1998年 つり人社発行)という拙著のなかで、日本全国に散在する希少な渓流魚たちの在来小集団の実態を紹介した。そこでは、河口堰建設に揺れた長良川のサツキマスや、中国山地の小渓にひっそりと暮らすゴギたち、さらには特殊斑紋を持つナガレモンイワナやカメクライワナたち、あるいは斑紋をまったく持たないムハンイワナといった限られた水域に突然出現する渓魚たちも紹介している。時代に取り残され、忘れ去られたような偏狭な生息域で粛々と生命を繰りかえす渓魚たちは時に悲しく、時に朗らかに物語を聞かせてくれた。時間の流れとともに絶滅の危機にさらされる彼らの運命の鍵を握るのは、間違いなく人間である。瀬戸際の状態は人間の手による直接的、間接的な干渉によって引き起こされる場合がほとんどだ。たとえばそれは森林伐採や河川改修による生息環境の悪化だったり、砂防堰堤による人工的な隔離だったり、あるいは水利用などの理由による流量の劇的変化によって生じる渇水状況だったりと、じつに様々である。そして、流域の内水面漁業協同組合(漁協)が行なう放流事業も、在来個体群に少なからず影響を与えてきた。本来、河川に生息するヤマメやイワナはその地域/水域で独自の進化を遂げている。それはその地の自然環境に適応した正常な進化の証であり、人工的に作られるものではない。しかしながら、まったく違う地方の異系群の同種を放ったり、ときにはヤマメの生息域にアマゴを入れたり、あるいはその逆をしてみたりという無秩序な放流が長年繰りかえされてきた。これは漁協だけの責任ではなく、そうせざるを得ないシステム自体にも欠点があるのだが、ようやく近年になってその問題がクローズアップされてきた。国も渓流域の管理体制に強く危機感を持ちはじめ、数年前から問題解消のための事業を立ち上げて対処の開始に踏み切った。2007年に全国の漁協に配布された『渓流魚の放流マニュアル』というブックレットでは、在来個体群の重要性や保護を説くだけでなく、生物多様性を考慮した管理体制について解説している。

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著者
1957年群馬県前橋市の海産物問屋に生まれる。北里大学水産学部水産増殖学科でイワナの生理学を専攻。卒業後は地元情報誌の編集をはじめ学習塾経営や不動産業等を経て、1980年代後半よりフリーランスのライターとして独立。著書に『瀬戸際の渓魚たち』(つり人社発行)、『渓魚つりしかの川』(立風書房発行)、『Rise Fishing and Flies』 (地球丸発行)などがある。彼の活動については riverwalkers.jugem.jp を参照。

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