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八ッ場ダムを知っていますか
新緑の吾妻川。JR吾妻線と国道145号線が走るが、ダムが完成すればこの美しい景観も水没してしまう
写真: 八ッ場あしたの会

八ッ場ダムを知っていますか

by 渡辺 洋子

東京の上野駅から特急草津に乗って2時間あまりで着く群馬県長野原町の川原湯温泉駅。そこはダムの水没予定地のど真ん中であり、小さな白い駅舎を背にして国道を左に数分歩くとダムができる予定の吾妻渓谷に着きます。その谷間を身をくねらせるようにぬって流れる吾妻川は、かつては急峻な岩山にさえぎられ、ここから下流には流路がなかったそうです。けれども数十万年のあいだに水の流れが岩を削り、谷を開き、やがて吾妻川は関東平野の入り口で利根川本川に注ぐようになりました。その長い年月がつくり出した景観は国の名勝に指定されており、両岸にせまる自然林が新緑や紅葉に染まる時期は多くの観光客が訪れますが、静かな冬、雪におおわれた寂しい谷間を眺めながら歩くのもいいものです。そんな吾妻渓谷の左岸の林と岸壁がバッサリと削られたのは2008年7月のことでした。八ッ場(やんば)ダム建設のために吾妻川をバイパスさせる工事が始まったのです。

八ッ場とはこの谷間の左岸を指す地名です。国が八ッ場ダムの構想を最初に発表したのは終戦後まもなくの1952年のことだったそうです。それから半世紀以上の歳月が流れるあいだ、利根川上流には次々と巨大ダムが完成していきました。つまり八ッ場ダムの建設目的はとうに失われてしまったのです。にもかかわらず、一度始まった公共事業はなかなか止まりません。国土交通省は、吾妻川のバイパス工事が終われば、この首都圏最後のダムの本体工事にとりかかる予定だといいます。けれどもダムを造るには、その前に沈む予定の鉄道や道路の代わりとなるライフラインを造らなければなりません。また水没予定地に住む数百世帯の住民の移転地も造成する必要があります。関連工事があまりに多いため、八ッ場ダムに投入する税金は全国のダム事業費のトップに膨れ上がってしまいました。ところがさらに、関連工事は遅れに遅れています。

八ッ場ダムが完成すると、吾妻渓谷上流部の340世帯(1979年当時)の生活の場が呑み込まれてしまいます。水没予定地のうち世帯数がもっとも多いのが川原湯温泉のある川原湯地区で、そこは岩から自然にしみ出す柔らかいお湯を売り物にしてきた土地で、「草津の仕上げ湯」といわれています。800年の歴史を誇るというこの温泉街をはじめて訪ねたのは10年以上前のことだったでしょうか。わびしげな温泉街の入り口におびただしい数のヤママユガがいて、観光客気分が吹っ飛んだことを覚えています。ヤママユガは日本在来の代表的な野蚕であり、その天蚕糸の特長と希少価値から「繊維のダイヤモンド」とも呼ばれています。それから何度か川原湯を訪ねましたが、昭和20~30年代のタイムカプセルに閉じ込められたような家々と、礎石が残る空き地が点在する町並みになぜ重苦しい空気が淀んでいるのか、東京育ちの私にはなかなかわかりませんでした。ここでは1965年から20年以上におよび激しいダム闘争が繰り広げられたそうです。当時の記録には住民の大多数は反対だったとありますが、ダム闘争の第一世代が病に倒れたあと、ダム計画のなかで育った次の世代が闘争を引き継ぐことはありませんでした。国との闘いに疲れ果て、最終的に地元が白旗を掲げたのは1992年。ダムの関連工事は1994年から始まりました。ダムを受け入れた土地ではかつての闘士は身を小さくし、ダムに反対する声が表立って聞かれることはありません。ダム計画に疑問を抱き、なかなか土地を手放そうとしない地権者は、補償金を吊り上げたいのだろうと口さがなく非難されます。ダムという袋に閉じ込められ、地元の住民同士が傷つけあう痛ましさ。けれどもそのダムは、そうした地元の人たちのためにではなく、東京をはじめとする首都圏のために造られることになっているのです。かつて国に対立していたという旅館の玄関の頭上には水没線の「586メートル」を示すプレートが掲げられ、そして水没線上にある旅館の壁には未来のダム湖に泳ぐ魚の絵が描かれています。温泉街の裏山ではトンネル工事が進んでおり、補償金を受け取った人は家を壊して出て行ったため、温泉街は櫛の歯が抜けたようです。対岸の景色も日ごとに変わっていきます。山は大規模な道路建設のために発破で次々と崩され、沢という沢には幾重もの防災ダムが造られています。

対岸の川原畑も、川原湯と同じようにすべてがダムに沈む予定です。温泉街のある川原湯は北向きですが、対岸の川原畑は南向きでいつでもぽかぽかと日が当たっています。JRの温泉駅から徒歩10分と交通至便な川原畑ですが世帯数はかつての四分の一に減り、いまは20軒しか残っていません。移転していってしまった家の空き地に残る栗や梅や柿の木や、細い道端に佇む古い石仏を目にすると、この土地の人びとは自然と溶け込んだ生活の厳しさも、そして温かさもよく知っているにちがいないと感じます。小高い丘に登ると、対岸の川原湯温泉街がよく見えます。ここから見ると川原湯温泉すべてがすっぽりと裏山にうずまり、自然の懐に抱かれているのがよくわかります。山の稜線が浮かび上がる、日本の原風景のような里山の景色を眺めていると、なぜかとても懐かしい気持ちになります。

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著者
東京で生まれ、結婚後に群馬県に移住。2002年より市民団体<八ッ場ダムを考える会>の事務局を務める。岩波ブックレット『八ッ場ダムは止まるか』(2005年岩波書店発行)を企画編集。2006年の『八ッ場いのちの輝き』コンサート開催を機に八ッ場ダムを考える会を継承/発展させる目的で<八ッ場あしたの会>発足。現在は同会の事務局長を務める。

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