by ディック・ラッセル
『Summer 2009』カタログ掲載
船首から100メートルほどの水面に現れた灰色の巨大な盛りあがり…。モーター付きのパンガ船(小型ボート)を操縦するベテラン船長のフランシスコ・マイヨラルはスロットルを戻して減速し、そちらに向かってゆっくりと近づいていきます。シューッという音とともに潮が扇形に吹き出し、尾ビレでハート形のアーチを描きながらクジラが潜りはじめると、水が滝のようにきらきらとしたたり、まるで私たちを招くかのようです。
フランシスコは横に身を乗り出すと、金属製の船体を指の関節でコツコツとリズミカルに叩きます。現在65歳のフランシスコはサンイグナシオ・ラグーンの守人として知られ、東太平洋のコククジラをこうして四半世紀以上も「呼び」つづけてきました。彼はあるとき小舟に乗ってひとりで釣りをしていると、コククジラの群れに取り囲まれるという事態に遭遇しました。そして、恐怖にさいなまれながらもなんとか手を伸ばしました。こうしてクジラに触れた最初の人間として知られるようになったフランシスコは、その瞬間を「目に見えない壁を突き破ったような感じだった」と回想しています。
この瞬間が「友好的コククジラ現象」として知られるようになった発端であり、メキシコのバハ・カリフォルニア半島沿いの辺境地にある、繁殖地として利用されている3か所のラグーンでは、観光客でいっぱいのボートにコククジラがみずから接近する姿を見せています。ここは100年と少し前に数千頭ものコククジラの祖先たちが捕鯨船の銛の犠牲となった場所であり、またほんの10年前には、環境保護団体の努力によりコククジラのもうひとつの脅威となり得た世界最大の塩製造工場の設置が食い止められた場所でもあります。