メキシコオオカミは、ロッキー山脈に生息する彼らの北方生まれの従兄弟であるハイイロオオカミにくらべると、やや小型で赤毛です。このメキシコオオカミの回復への試みについては、これまで長い間ニューメキシコ州とアリゾナ州で困難に直面しています。この地域はロッキー山脈北部よりも岩の多い乾燥地帯のため生産性の低い土地であることに加えて、オオカミたちが社会環境論的にも快く受け入れられていないからです。北部のハイイロオオカミが手放しで歓迎されてきたというわけではありませんが、アメリカ南西部の牧場、とくに旱魃の被害が大きくてかろうじて利用できる程度の痩せた公有地では、オオカミと同じようになんとか生き延びようと踏ん張っている牧場主たちが、オオカミに対して強い恐怖と嫌悪を抱いているのです。
ここにもいまでこそ少数のオオカミが生息していますが、以前はオオカミの回復はほぼ絶望的でした。オオカミは非常に順応性のある大型の社会性哺乳類で、生物学者が可塑性と呼ぶ広範囲な環境適応能力が、人間に次ぐ高さで備わっています。したがってオオカミは野生の多様な生息環境で繁栄しますが、一方人間は生息環境の操作を得意とします。
そして人間が操作してきたもののひとつがオオカミです。人間が行なった残虐行為と、オオカミのために物事を想像する私たちの力の欠如については、これまでも多くの文章に書かれてきました。けれどもオオカミの血のなかでは、生存し繁栄するために騒ぎ立てる天性がざわめき、そしてきらめき続け、この生命力は人間が野生のメキシコオオカミを絶滅させたあともオオカミのなかに残されています。捕獲され、動物園に入れられたほんのひと握りのオオカミたちは、何十年後ものある日、彼らが捕らえられたのと同じ場所に子孫が解放されるそのときを、世代を超えて待ちつづけました。彼らを騒ぎ立てる天性はただ人間によって数十年にわたり葬り去られていただけで、決して消え去ってはいなかったのです。
南西部の牧場主のすべてが見たこともないオオカミを本能的に恐れ嫌っているわけではありません。ニューメキシコ州とアリゾナ州境のブルー山脈にオオカミがはじめて再導入された15年前当時にくらべると、状況はずいぶんよくなっていると言えます。その背景には、明確なビジョンを持ったパイオニアである2人の英雄、ウィル・ホルダーとジャン・ホルダーの存在があります。
ホルダー夫妻はこの15年間のほぼすべてを牧場経営という厳しい仕事に費やしてきました。この荒涼たる環境のなかで、しかもオオカミの回復区域の真んなかで。そこは生態学者のアルド・レオポルドが、死にかけたオオカミの目に「凶暴な緑色の炎」を見たという場所からそれほど遠くはない場所です。
優れた順応性を持つホルダー夫妻は、野生に回帰中のオオカミを牧牛の真っ只中に放つという、負債とみなされることを資産に転換しようと決心しました。オオカミは放置したままで、オオカミを避けるための措置をいくつか取りました。つまりピューマやクマの場合と同じで、警戒を本質的に強めたのです。2人は捕食動物を根絶しない牧場で育った「捕食動物にやさしい」牛肉を生産できるようになりました。この付加価値のある商品によって夫妻は最大で通常の180%の収入を得るようになり、さらに彼らの牛肉は、約10の牧場から構成され、およそ68,000キロのナチュラル・ビーフを供給する合弁企業である卸売業者アービンズ・ナチュラル・ビーフ社から「ナチュラル・ビーフ」の格付けを受けました。
当初近隣の牧場主たちは、2人の試みはまったく馬鹿げていると呆れていましたが、実際ホルダー夫妻のビジネスが4倍に成長すると、少しずつ考えを変える牧場主が出てきました。再導入されたオオカミは想像していたような手に負えない「怪物」ではなく、「たんなる捕食動物のひとつにすぎず、共存できるもの、さらには利用次第で収入を得られるものだ」ということを理解しはじめたのです。
これがおとぎ話ならホルダー夫妻もオオカミもこの厳しい自然環境のなかで成功と繁栄をつづけ、めでたし、めでたしということになるでしょう。けれども現実は厳しく、少なくともいまのところはどちらも成功を収めているとは言えません。ホルダー夫妻の初期の成功を紛糾させたのは有史以来最悪の旱魃、不安定な経済、そして牛肉の価格の下落でした。問題は − これはオオカミをはじめ絶滅危惧種や衰弱種の回復にも共通することですが − 小さな要因の積み重ねが最終的に大きなダメージにつながるということです。旱魃に起因する管理コストの増加、生産性の低下、そして「捕食動物にやさしい」ものもそうでないものも含めた牛肉全般の需要および価格の低下を、ホルダー夫妻はついに乗り切ることができなくなってしまったのです。「熱心なほんの一部の人たちだけが理解を示して私たちの牛肉を買ってくれましたが、それだけではやっていけませんでした」とウィル・ホルダーは語ります。2人がこの実験的牧場経営を始めた時期がたまたま最悪だったとも言えますが、それでも彼らの試みは十分長くつづき、また別の地域ではいまも、家畜と捕食動物を共存させる牧場経営が実践されています。北に目を移すと、アイダホ州の緑が豊かな地域では、ピューマやクマ、コヨーテ、ボブキャット、オオカミなどが生息する環境下で、グレートピレニーズを番犬に使いながら、牧場主のメリッサ・ラインズが捕食動物にやさしい牛肉と羊肉を生産しています。ホルダー夫妻のビジョンはオオカミの回復と同様、未来につづいているのです。
そしてそんな逆境でも、ホルダー夫妻は順応性を発揮しています。現在ウィルはアリゾナ州トゥーソンにある神経外科医院で看護士として、ジャンは〈Gila Watershed Partnership〉でプログラム・コーディネイターとして働いていますが、負債を返済した際には、愛着のある自分たちの牧場地に戻ることを望んでいます。
私はホルダー夫妻の発想と努力が失敗だったとは思いません。オオカミの回復に関しては、わずか11匹しかいなかったものがいまでは50匹にまで増えました。「状況はおおむね上向きになっています。このあたりの人びとは、オオカミが火を噴いたり赤ん坊を食べたりする脅威的な動物ではないということを理解するようになりましたし、そして何と言ってもオオカミたちは、いまもこの土地に生き存えているのですから」と、ウィルは語ります。
近年アメリカ西部ではストーリーの重要性やストーリーの役割 − それはたとえば景観を作り変えるのに役立つことだったり、あるいはたんに保護することに役立つことだったり − について多くが語られます。けれども作家エドワード・アビーとダグ・ピーコックの言葉を引用すれば、ひとつの行動は1,000のことばに値するのです。牧場主であれ環境保護主義者であれ(あるいは両者であれ)、生態系の保護に立ち上がる勇気こそが、最終的に野生の土地を救うのです。
ストーリーも重要ですが、オオカミの回復には広大な野生、そして意外な場所でオオカミとの共存方法を見つけ出す支援者も不可欠です。ホルダー夫妻はストレスの多いみずからの生活環境にもかかわらず、回復するための時間、つまり第2のチャンスをオオカミに与えたのです。